『果てしなきスカーレット』はなぜ「つまらない」と言われるのか――その退屈さを全力で楽しむ試み

【★1.8】正直つまらない。でも無視できない

──『果てしなきスカーレット』が観客を置き去りにしていった理由

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    目次

    • 正直つまらない、という前提から始めよう
    • 物語が進まないという“設計ミスではない設計”
    • 主人公が動かなすぎる問題
    • クライマックスが存在しないという暴力
    • 興行収入と動員人数が語る“ちょうどよさ”
    • Xで実際に見かけた声たち
    • ★は低い。だが、それでも擁護できる

「眠くなる」「長い」「何がしたいのかわからない」
──X(旧Twitter)より

正直に言う。『果てしなきスカーレット』はつまらない。
だが、そのつまらなさは致命的ではなく、むしろ異様に記憶に残る。
低評価なのに語りたくなる――それが、この映画の一番厄介なところだ。


「眠くなる」「長い」「何がしたいのかわからない」
──X(旧Twitter)より

『果てしなきスカーレット』に寄せられた感想は、驚くほど方向性が一致している。
賛否が割れるのではない。否のベクトルだけが、異様な精度で揃っている。

先に結論を言ってしまおう。


1. 物語が進まないという“設計ミスではない設計”

体感評価:★1.5

映画には暗黙の契約がある。

「観ていれば、何かが起こる」

『果てしなきスカーレット』は、この契約を開始30分ほどで破棄する。

  • 人は歩く
  • 会話は交わされる
  • 意味深な沈黙が続く

それでも、物語は進まない。 進んでいるのは上映時間だけだ。

これは怠慢ではない。むしろ思想である。

「進展がなくても、時間は流れる」

その現実を、映画という最も退屈を嫌うメディアでやってのける胆力。 結果、観客だけが取り残される。


2. 主人公が動かなすぎる問題

忍耐力テスト:★1.2

主人公は迷う。 迷って、悩んで、考えて、 そして決めない。

観客の心の声はだいたい同じだ。

「早く決めろ」
「それでどうしたいんだ」

だが映画は一切応えない。 むしろ、観客の苛立ちが最大化する瞬間を、正確に狙ってくる。

カタルシスを与えないこと自体が演出。
親切さという概念は、ここにはない。


3. クライマックスが存在しないという暴力

期待値落差:★1.0

終盤、音楽が入る。 空気が張り詰める。

「来るぞ……?」

──来ない。

盛り上がる前に終わった、のではない。 盛り上がるという概念そのものが欠席している。

この瞬間、多くの観客が悟る。

「これは裏切りではない。最初から、何もくれる気がなかった」


4. 興行収入と動員人数が語る“ちょうどよさ”

市場評価:★2.0

  • 大ヒットではない
  • 爆死と呼ぶほどでもない

劇場は空いている。 だが、誰もいないわけではない。

隣に人がいない安心感。 途中退席しやすい環境。

作品内容と同じく、数字も主張しない。 成功もしないが、完全な失敗にもならない。

最もレビューに困る興行成績


5. Xで実際に見かけた声たち(※要約・再構成)

※公開当時のX投稿を、個人が特定されない形で再構成しています

  • 「途中で3回“今どこ?”って思った。映画は続いてたけど、私の意識は続いてなかった」
  • 「静かすぎて隣の人の呼吸がクライマックスだった」
  • 「★いくつ?って聞かれて“無”って答えたの初めて」
  • 「寝たわけじゃない。目を閉じて人生について考えてただけ」
  • 「空いてて最高。映画館としては満点」

怒りよりも、困惑と乾いた笑い。 バズるのは名シーンではなく、 **“何も起きなかった瞬間の共有”**である。


まとめ:★は低い。だが、それでも擁護できる

『果てしなきスカーレット』は、つまらない。 それはおそらく、事実だ。

だがそれは、

  • 手抜きでも
  • 無気力でもなく

「面白くある義務」を放棄した結果の退屈である。 観客に迎合しなかった、極めて不遜な選択だ。

好きになる必要はない。 誰かに薦めなくていい。

それでも──

ここまで堂々と退屈であり続けた作品を、 我々は完全には切り捨てられない。

それこそが、『果てしなきスカーレット』というタイトルが指す、 “果てしなさ”の正体なのだから。**